★ 7.449 /10
- 🎬 監督: Ken Russell
- 👥 出演: Vanessa Redgrave, オリヴァー・リード, Dudley Sutton, Max Adrian, Gemma Jones
- 📅 公開日: 1971-10-23
📖 あらすじ
17世紀フランスのカリスマ的な司祭が、性的執着に取り憑かれた修道女の魔女裁判の標的となり、教会と国家の腐敗した役人たちがそれを喜んで利用する物語。
#怒り#無力感#嫌悪#衝撃#悲しみ#切ない
🏷️ 関連タグ・カテゴリー
⚠️ 事前確認:地雷チェック
🫣 気まずさ
気まずさ:大(性的な内容が多く、露骨な描写が含まれる可能性が高い)
🩸 グロ耐性
グロ耐性:Level 3(暴力描写や拷問シーンが含まれる)
☁️ 後味
後味:悪い(腐敗した権力と狂信が描かれる)
😈編集部より:「本作は性的に露骨な内容と暴力描写を含み、強い不快感を引き起こす可能性があります。視聴には注意が必要です。」
ケン・ラッセルが仕掛けた、教会と性の禁忌への挑戦状

17世紀フランス、ルーダンの城壁に囲まれた町で、カリスマ的な司祭アーバン・グランディエ(オリヴァー・リード)は、性的憑依に取り憑かれた修道女ジャンヌ(ヴァネッサ・レッドグレイヴ)の魔女裁判の標的となる。教会と国家の腐敗した役人たちはそれを喜んで利用し、修道院の壁の内側ではヒステリーと権謀が渦巻く。ケン・ラッセル監督は、修道女ジャンヌがキリスト像に恍惚と口づける場面を狂騒的な映像で描き出し、信仰の仮面を剥がしたとき現れる人間の狂気と暴力を露わにする。本記事では、グランディエが無実のまま火刑に処される結末までを追い、宗教的抑圧と政治的策略が交差するとき、個人の信仰がどのようにして破壊されるのかを具体的に読み解く。
映画史に残る憑依シーン:政治的弾圧とヒステリーの真実

🧩 伏線と象徴
- 修道女ジャンヌがキリスト像と性的に戯れる場面:宗教的権威の倒錯と、抑圧された性欲の暴走を視覚化する。この場面は、観客に「これは普通の映画ではない」と警告すると同時に、教会の偽善を象徴的に示す。
- グランディエの裁判と火刑の場面:無実の男が権力の犠牲となる、教会と国家の共犯関係を暴く。この場面は、観客に強い無力感と怒りを呼び起こし、制度への不信を植え付ける。
- 修道院内での集団ヒステリーと裸体の乱舞:個人の狂気が集団的熱狂に変わるプロセスを、視覚的混沌で表現する。この場面は、理性の崩壊と本能の解放を象徴し、人間の脆さを描く。
🎭 批評視点の対立軸:この作品をどう読むか
視点対立1: 性的表現と宗教的冒涜の境界
視点A: アレクサンダー・ウォーカー的に
表現の自由擁護派
→ 本作は宗教的偽善を暴く芸術的挑戦であり、過激な性的表現は物語の必然性に基づく。
視点B: メアリー・ホワイトハウス的に
検閲・道徳派
→ 本作はキリスト教を冒涜し、ポルノグラフィーに近い。公共の道徳を損なうため上映禁止すべき。
💭 現況: イギリスでは長年X指定(18禁)で上映禁止地域もあったが、現在は批評的再評価が進む。
視点対立2: 歴史的正確性 vs. 芸術的脚色
視点A: ヒュー・トレヴァー=ローパー的に
歴史的事実重視派
→ 本作は史実のルーダンの悪魔憑き事件を歪曲し、グランディエを無実の殉教者として美化しすぎている。
視点B: ポーリン・ケイル的に
芸術的脚色容認派
→ 映画は歴史ドキュメンタリーではなく、権力と宗教的ヒステリーを象徴的に描く寓話であり、脚色は正当な創作手法。
💭 現況: 歴史家と映画批評家の間で見解が分かれるが、映画独自の価値は認められつつある。
視点対立3: フェミニスト批評:女性表象の搾取性
視点A: ローラ・マルヴィ的に
女性搾取批判派
→ 本作は修道女の性的ヒステリーを男性の視線でセンセーショナルに描き、女性を客体化し搾取している。
視点B: カミーユ・パーリア的に
女性解放的再解釈派
→ ジャンヌの性的憑依は、抑圧された女性の反乱として読める。彼女の身体は権力への抵抗の場であり、フェミニズム的側面を持つ。
💭 現況: フェミニスト批評内部でも評価が分かれる。近年は後者の解釈も注目される。
🗝️ 劇中アイテムと象徴
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🔹 キリスト像修道女ジャンヌの抑圧された性欲の対象。聖なるものを冒涜することで、彼女の内なる欲望が解放される。同時に、制度としての教会の偽善を象徴する。
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🔹 火刑の杭権力による無実の者の犠牲。グランディエが火刑に処される場面は、教会と国家が結託して「異端」を排除する暴力の象徴。
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🔹 修道院の壁外部から隔絶された閉鎖空間。そこで起こるヒステリーは、抑圧された女性たちの狂気が爆発する舞台。壁があるからこそ、内部の異常さが際立つ。
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🔹 裁判の記録権力者が都合よく書き換える「真実」。グランディエの無実を証明する証拠は無視され、捏造された証言だけで有罪が決まる。これは、いつの時代も変わらない権力の恣意性を象徴する。
📊 評価が分かれやすいポイント
この作品は、公開当時から激しい論争を巻き起こした。イギリスではX指定(18禁)を取得したが、アメリカでは大幅にカットされてR指定で公開。現在も完全版はイギリスで上映禁止に近い状態が続き、映画検閲の歴史を語る上で象徴的な作品。批評家の間では、表現の自由と宗教的冒涜の境界を巡って評価が分かれる。一方で、近年はケン・ラッセルの狂気の映像美や、権力とヒステリーを描いたテーマの先見性が再見方の分かれポイントになっている。ただし、観る人によって受け取り方が分かれやすい。
🎬
エンドロール後: エンドロール後は何もなし。ただ静かに余韻に浸るしかない。
エンドロール後: エンドロール後は何もなし。ただ静かに余韻に浸るしかない。
🤔 鑑賞後のモヤモヤを解消 (Q&A)
Q. この作品の前提や見どころは?
A. 17世紀フランスで、カリスマ的な司祭が性的執着に憑かれた修道女の魔女裁判の標的となり、教会と国家の腐敗した役人たちがその裁判を利用する衝撃的な物語です。
Q. この映画は実話に基づいているの?制作背景は?
A. はい、1971年にケン・ラッセル監督が手がけた本作は、17世紀フランスで実際に起きた事件を基にしています。
Q. この作品の社会的な評価や賛否は?
A. 結末の詳細は不明で、情報源の信頼性も低いため、評価は分かれる作品です。
🎬 編集部のズバリ総評
キリスト像に抱きつくジャンヌの狂気の場面と、火刑で燃え上がるグランディエの無念の表情が、あなたの脳裏に焼き付く。この映画は、教会批判と性的表現の過激さでイギリス映画史上最大の論争を巻き起こした作品であり、観る者の内臓をえぐるような衝撃と後味の悪さを残す。
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🎬 次に観るならこのへん
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同テーマサレムの魔女 (1957)同じく魔女裁判を題材にしているが、こちらは政治的な告発と個人の良心を描く。『The Devils』の方が性的要素と視覚的過剰が強い。
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同テーマ魔女 (1966)魔女狩りを描いた作品だが、『The Devils』のような露骨な性的描写はなく、より歴史的に忠実。
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同テーマパッション・オブ・ザ・クリスト (2004)キリストの受難を描く敬虔な宗教映画。対照的に『The Devils』は信仰の裏側の暴力と偽善を描く。
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同監督アルタード・ステーツ/未知への挑戦Ken Russellが他のジャンルでどう振る舞うかを観察できる
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最終更新日:2026年04月28日
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